
“プログレッシブロック”・・・この呼び方が定着したのは1970年代の初頭である。かつてその種の音楽は“サイケデリック・ロック”などと呼ばれており、ピンク・フロイドもデビュー当初のキャッチフレーズは“サイケデリックの新鋭”であった。
レコード・デビュー前はライブでスケールの大きなサウンドを聴かせ、一部熱狂的なファンをつかんでいた彼らも、登場する時代が早すぎたせいかEMIからデビューする際“3分間のポップ・ミュージック”を演じるよう命じられた。その結果世に出たのがファースト・アルバム「夜明けの口笛吹き」である。当アルバムはビートルズが「サージェント・ペパーズ〜」を制作中のアビー・ロード・スタジオにおいて同時進行でレコーディングされたが、音楽的にはかなりビートルズの先を行っていた彼らも、ビートルズがコンセプト・アルバムを作ろうとしていた時期に新人の彼らにはそれを越えるスケールのアルバム制作は許されず、ポップ・アルバムの制作に取りかかることとなる。
当時の中心メンバー、シド・バレットの全曲オリジナルで構成されたこのアルバムは、ポップ・アルバムであるにも拘らずサイケデリックな持ち味が十二分に生かされており、新人グループらしからぬ器用さで注目を集めた。
しかしその葛藤からセカンド・アルバム「神秘」の制作中にシド・バレットが精神分裂病にかかり脱退、現在に至るまでイニシャティブを握り続けるデヴィッド・ギルモアがレコーディング途中から参加する。
以降「モア」「ウマグマ」と問題作を発表し、ビートルズ解散の70年に発表された原子心母」で組曲形式の“フロイド・サウンド”を確立、大ヒット・アルバムとなる。
「おせっかい」「雲の影」を経て73年に発表された「狂気」は、レコーディングに9か月を費やし“フロイド・サウンド”の集大成ともいえる完成度の高さで世界各国でNo.1アルバムとなり、全米チャートイン期間の記録はギネス・ブックにも認定されている。
2年半のインターバルをおいて発表された「炎(あなたがここにいてほしい)」は「狂気」の制作に力を入れすぎたせいかとてもシンプルなメロディ・ラインが目立ち、これまでとはかなり異なった一面を見せてくれた。
次作「アニマルズ」も風刺の効いたユニークな作品であったが、徐々にパワー・ダウンしつつある感は拭えない。
以後グループ活動は約3年間のブランクを生じ、その間デヴィッド・ギルモア、リック・ライトがソロ活動を始めたことから誰も行く末を心配し始めた。
ところが、今回紹介する「ザ・ウォール」はそんな風評を一気に吹き飛ばす超大作である。2枚組LPの中にぎっしりと詰め込まれた人間社会に渦巻く危機への警告・・・豪華なゲスト陣に支えられ完璧なまでの音楽性をもって完成した当作品は「狂気」同様大ヒットとなり、アルバム・リリースにあわせて行われたツアーでは高さ30mもの壁を用いたステージングでファンの度肝を抜いた。
しかし、これですべてを出し尽くしたのか83年発表の極めて内省的なアルバム「ファイナル・カット」をもって活動休止状態となる。
以降各メンバーのソロ活動が盛んになり、デヴィッド・ギルモアと共にグループを支えてきたロジャー・ウォーターズの脱退へと発展する。
その後ギルモア主導のもと突如復活、オリジナル・アルバム2作(87年「鬱(うつ)」、94年「対(TSUI)」)とライブ・アルバム2作(88年「光〜パーフェクト・ライブ」、95年「P.U.L.S.E」)が発表されたが、かつてのイメージを随所に残しながらもさまざまな方向にトライし続けている。
今では死語となりつつある“プログレッシブロック”・・・しかしギルモアとロバート・フリップ(キング・クリムゾン)が健在で、新しい音楽性を求めて挑戦し続ける限りまだまだ“プログレ・シーン”から目が離せないようである。
(中野 亮)