ナッキーのこれだけは聴こう!



 「トム・ウェイツがAOR?」・・・そう異論を唱えるロック・ファンは多いであろう。確かにAORといえばボズ・スキャッグスらに代表されるような耳ざわりのよいサウンドを一般的には指す。特に近年トム・ウェイツのファンになった人達はAORとして取り上げることに対して激しい拒絶反応を示すと思う。しかし初期の2作及び一部のサントラ作品は充分にAORとして扱うのに値すると考えるので、今回その代表作としてファースト・アルバム「クロージング・タイムを紹介させていただく。
 当時人気が出始めたイーグルスを擁するアサイラム・レーベルから本作でデビューを飾ったのは1973年のことである。夜、酒場、煙草のけむり、男と女・・・人生の全てを知り尽くしたかのような深さを持つ詩の内容、そしてジャケットに写る彼の風貌からはとても23歳の新人の作品とは思えない。レコードに針を落とすと果たして如何なるサウンドが展開されているのか?・・・ドロドロとした闇の中に引きずり込まれるのではないか・・・そう考えられても不思議ではない。しかしスピーカーから流れてくるのは優しいピアノとギターのイントロ、しゃがれ声で切々と語りかけるようなヴォーカル・・・心暖まるこのサウンドはやはりAORといって間違いはないと思う。特にエンディングの「クロージング・タイム」はインストゥルメンタル・ナンバーであるが、トムがみんなに「おやすみ」と語りかけているようでホッと一息つける。オープニングの「オール’55」はイーグルス、ジャクソン・ブラウン等にも取り上げられた名曲である。
 翌年発表のセカンド・アルバム「土曜日の夜」もサウンド的にはファーストの延長であるが、舞台を酒場の中から外へと移してさまざまな人間模様を語りつくしている。トム・ウェイツ・サウンドの輪郭が明確になりつつあった時期でもあり、次作への期待は高まる一方であった。
 しかし、純粋に“AOR”と呼べるアルバムはこの2作のみである。なぜなら次作「スモール・チェンジ」(76年発表)以降の彼の声はしゃがれ声を通り越してつぶれたダミ声になってしまい(酒と煙草のせいであろうか)、作風もドロドロした部分が全面に押し出されているものが多くなってしまった。
 その後の例外は82年に発表されたフランシス・コッポラ監督作品のサントラ「ワン・フロム・ザ・ハート」であろう。女性カントリー歌手クリスタル・ゲイルとのデュエットが大半を占めるこの作品では久しぶりにしっとりとしたトムのヴォーカルを聴くことが出来る。
 今回はAOR特集なのでその傾向の作品に限って紹介しているが、実はトム・ウェイツの真骨頂はそれ以後のアバンギャルドな作品群にあることを付け加えておきたい。リリース間隔こそ4〜5年と長くなっているが、数年おきに問題作を発表、特に今年4月に発表された6年ぶりのオリジナル・アルバム「ミュール・ヴァリエイションズ」はトム・ウェイツ・サウンドの集大成ともいえる傑作である。興味のある方は昨年東京書籍をり出版された「Mr.トム・ウェイツ」読まれてはいかがだろうか。彼の音楽性のバックボーン、人となりが詳しく述べられており一読に値する。
 若い頃から年老いて見られていた“Mr.トム・ウェイツ”、最近やっと時代が彼に追いついたようである・・・・・・。
(中野 亮)