ナッキーのこれだけは聴こう!

Otis Redding


 5月にこのコーナーで紹介したバディ・ホリーと並び、若くして飛行機事故によって命を落としたアーティストの中で最もその死を惜しまれている人……それが「ドック・オブ・ベイ」の大ヒットで有名なオーティス・レディングである。
 ソウル(当時は"リズム&ブルース、R&B"でひとくくりにされる事が多かった)・シンガーとしてまさにこれから円熟期を迎えようかという矢先のアクシデント……26歳という短い生涯の中で彼が遺した功績は計り知れず、後出のさまざまなジャンルのアーティストに大きな影響を与えつづけている。プロ歌手としての活動期間はわずか5年余りなのに…。
 1941年に米ジョージア州ドーソンに生まれた彼は、20歳でヴォルト・レーベルと契約、シングル「ジーズ・アームズ・オヴ・マイン」でプロ歌手としてのスタートを切った。
 デビュー当初は一部で"無口で不器用なカントリー・ボーイ"との評判もあったが、誠実かつエモ―ショナルなヴォーカルがファンの心を掴み次々とヒット曲を連発、サム&デイヴ、ブッカー・T&ザ・MG'Sらと並びスタックス=ヴォルト・レーベルを代表するスターとなって行く。
 今回紹介する『ヨーロッパのオーティス・レディング』は20代前半をパワフルに駆け抜けた彼の集大成とも言える傑作ライヴ・アルバムである。
 60年代後半より、イギリス,フランスを中心としたヨーロッパ諸国でR&Bが静かなブームとなっており、その追い風を受けスタックスのアーティストが中心となって67年3月より約1ヶ月のあいだ"ヒット・ザ・ロード・スタックス"なるコンサートがヨーロッパ各地で開かれた。
 あくまでオーティスはスタックスの一員として参加したのであるが、あまりに完成度の高いステージであったため1枚のアルバムにまとめられた。それが本作である。
 オープニングの「リスペクト」をはじめとするノリノリのオリジナルナンバーもさる事ながら、「マイ・ガール」(テンプテーションズ)、「シェイク」(サム・クック)、「サティスファクション」(ローリング・ストーンズ)、「デイ・トリッパー」(ビートルズ)といったカヴァーをいとも自分の持ち歌のように余裕を持って歌うさまは存分に"若き大御所"の風情が漂っているのである。誰もが次作への期待をふくらませた事であろう。しかし結果的にはこの作品が生前発表された最後のオリジナル・ライヴとなってしまった。
 67年12月10日、ウィスコンシン州マディソンのクラブでのステージを行うため自家用機でクリーブランドを出発、着陸まであとわずかの地点で突然エンジントラブルで墜落、26歳3ヶ月というあまりにも短い人生の幕をあっけなく閉じてしまったのである。
 オーティスファンならずとも誰もが耳にしたことがあるであろう永遠の名曲「ドック・オブ・ベイ」は死の3日前にレコーディングされ、伴奏その他の部分をプロデューサーのスティ―ヴ・クロッパーが補い68年1月に完成した。
 これまでのオーティス・サウンドとは一線を画す、たとえば効果音(波の音)の使用、口笛のフィーチャーなどは彼に何らかの心境の変化があったのだろうという事が感じられる。見方を変えればこれまでラヴ・ソングをエモ―ショナルに歌いつづけてきた"若さ"から脱皮し、広い視野で人生を見つめて行こうとし始めたのではないか。その若さから脱皮していきなり天国まで行ってしまうとは…運命とは酷なものである。
 そのオーティスの気持ちが多くのファンの胸を打ち、全米ヒット・チャートで4週連続No.1という彼にとって最大のヒットとなると同時に、さまざまなアーティストによってカヴァーされ、また数多くのCMにも使用され今なお歌い継がれている。
 かつて"ソウル"といえば"ディスコ・ミュージック"とほぼ同義語に捉えられていた時期があった。現在でもそう思っている音楽ファンもいるであろう。
 ディスコではない本物の"ソウル"を堪能したければ、ぜひ『ヨーロッパのオーティス・レディング』、そして「ドック・オブ・ベイ」をじっくりと聴いていただきたい。
 果たして今、26歳の"若者"がここまでディープに歌い上げることが出来るだろうか…。
(中野 亮)