卒業シーズンになると毎年よく歌われるのが昭和53年(1978)年11月に発表されたこの「いい日旅立ち」である。
絶頂期にあったアリスを率いる谷村新司氏による楽曲提供、現レ・コード館名誉館長・酒井政利氏によるプロデュースと、当時19歳とは思えない成熟した歌唱とのコンビネーションにより彼女の代表曲となった。
当時は「DISCOVER JAPAN〜日本再発見」というキャッチフレーズで国鉄(現JR)が大々的にPRを行っており、そのキャンペーン・ソングとしても多くのファンをつかみ彼女の人気、存在感を不動のものとする。
以降彼女は昭和55(1980)年10月の引退までさまざまな楽曲に挑戦して行くが、現在まで一番歌い継がれているのはやはりこの曲だろう。
昭和48(1973)年5月にデビューして以来25年、そして昭和55(1980)年10月の涙の引退から早19年、今なお数多くの名曲が歌い継がれている山口百恵の全100曲入り完全保存版が2月27日に発売された。
引退時に発売されたLP5枚組「STAR LEGEND-百恵伝説-」に数曲追加してCDに再編集した作品であるが、ほとんど年代順に並べられているためデビューから引退までの彼女の変貌ぶりが一目瞭然である。
「としごろ」でデビュー当初は一足先に「スター誕生」からデビューした同級生・桜田淳子を意識してか明るいポップス路線を歩むかと思われたが、明るさの点で桜田淳子に遅れをとっていた彼女は2曲目「青い果実」から大胆に路線変更、少女から急激に大人になろうとする気持ちをストレートに歌い出した。 その後「禁じられた遊び」「春風のいたずら」で少し落ち着いたかに見えたが、次の「ひと夏の経験」でいきなりこの路線の頂点を極めてしまう。
次なるターニング・ポイントは阿木燿子作詞・宇崎竜童作曲による「横須賀ストーリー」である。 発売当時彼女は17歳であったが、一気に大人の“オンナ”を歌い上げることにトライしていく。
翌年秋の、さだまさし作詞・作曲による「秋桜(コスモス)」ではこれまでにないほどしっとりとした大人の色気を感じさせ、さらに翌秋に発売された谷村新司作詞・作曲の「いい日旅立ち」では完全に成熟し切った大人の姿を見事に表現しており、この曲は今なお彼女一番の代表曲となっている。
その後も、さまざまなタイプの楽曲に挑戦し続け、三浦友和との婚約・結婚、そして昭和55年(1980)年10月15日のファイナルコンサートを迎えることとなる。
私事で恐縮であるが、年齢こそ私は彼女のひとつ下でリアルタイムに歌手・山口百恵に接してきたが特にファンという訳でもなく、レコード・CDもまったく持っていない。 それでも彼女のことがこれだけ思い出されるのは、大ヒット曲が多かったこともさることながら、節目節目に与えてくれたインパクトがファン以外のわれわれの脳裏にもしっかりと焼き付いているからであろう。
それだけ偉大な“歌手・山口百恵”であったのだ。
(中野 亮)