ナッキーのこれだけは聴こう!

JB


 今回「ソウル特集」を組むにあたり、一体誰をトップに持ってくるか正直なところ大変迷ってしまった。"ソウル"の定義自体いろいろと拡大解釈が可能でありジャズ、ゴスペル、R&Bなどさまざまなルーツを持ったアーティストが"ソウル・シンガー"として1950年代後半から60年代にかけてデビューしているからである。
 しかし、迷っていてもしょうがないのでここはやはり"ゴッドファーザー・オブ・ソウル""ソウル・ブラザー・ナンバー・ワン"と自他ともに(本人に聞いたわけではないけれど)認めるジェイムズ・ブラウン(以下JBとする)に登場していただく。
 若いファンには「カップめんのCMでひょうきんな踊りを見せていた黒人のオジサン」、あるいは昨年公開された映画『ブルース・ブラザーズ2000』に牧師役で出演、終わりにいきなり歌い出した"マントのソウル・シンガー"としての認識ぐらいしかないかもしれないが、実はデビューして40年以上、アルバムはオリジナル、ライヴ、企画もの合わせて100アイテム以上リリース、そして今なお現役バリバリの"スゴイ人"なのである。
 1933年に米ジョージア州で生まれたJBは、決して裕福とはいえない家庭に育ち、少年時代は"あらくれ者"としてその名をとどろかせ感化院にも入るほどであった。それでも大人になりかけの頃ひょんな事から音楽に目覚め、自らの方向性を見出すこととなる。
 自身のグループ"ジェイムズ・ブラウン&フェイマス・フレイムス"を結成し56年にキング・レコードよりシングル「プリーズ・プリーズ・プリーズ」でデビュー、キング・レコードの社長がこの曲を"くだらない!"と酷評していたにもかかわらず期待を大きく裏切り(?)ビルボードR&Bチャートのベスト5に入るスマッシュ・ヒットとなったのである。
 しかしその後も社長との仲はしっくりいかず、思うような活動が出来なかったためヒットから遠ざかって行くが、58年に発表された起死回生のシングル「トライ・ミー」がR&Bチャートのナンバー・ワンに輝き、自信を持ったJBはここから快進撃を始める。
 今回紹介するファースト・アルバム『プリーズ・プリーズ・プリーズ』は前述した2曲の大ヒットをそれぞれLPのA面、B面のトップに収録、しっとりとしたバラードとファンキーなナンバーがほぼ半分ずつの構成となっており、1枚目とは思えないほど充実した内容となっている。そんな中でも時代を反映してかロックン・ロールやブルースのエッセンスが随所にちりばめられているのも面白い。
 この作品以降JBの活動はますます精力的になり、63年に発表されたアルバム『ライヴ・アット・ジ・アポロ』では20代後半とは思えないほどアブラののりきったステージを見せ、 現在でもソウルのライヴ・アルバムとしては一、二を争うほどの高い評価を得ている。
 70年発表のソウル史上屈指の名盤『セックス・マシーン』で頂点を極めたJBは、以降多様化する音楽シーンの中でやや低迷していたかに思えるが、1〜2年ごとに新作をリリース、相も変わらず"JB節"を聴かせ続けてくれている。
 私事で恐縮だが、実はJBのアルバムはほとんど持っておらず(高校時代友人から借りて何枚かは聴いてはいたが)、唯一持っているのが81年発表の『ノンストップ!』である。  この作品の2年前に『オリジナル・ディスコ・マン』なるディスコ・ブームに乗った作品をリリース、「ついにJBまで…」とややガッカリしていたので次作はどうなるものかと思っていたが、ディスコ・ブームとは無縁のJBワールドが展開されていたのでとても嬉しかった覚えがある。(余談だが、このアルバムは私がレ・コード館のオープン前に寄贈しているが、まだ検索ネットには入っていないので未処理のままどこかにあるはずである。ファンの皆様もう少々お待ち下さい。)
 本来のスタイルを取り戻したJBは、ファンの世代交代という厄介な問題にもステージ、スクリーンを通して次世代へのアピールに力を注ぎ、往年のヒット曲「リヴィング・イン・アメリカ」が86年に映画『ロッキー4』で使われそれを足掛かりに新しいファンを数多く獲得した。さらに冒頭でも紹介した『ブルース・ブラザーズ2000』での名演技がより若いファンにも大きなアピールとなったであろう。この映画で熱唱する姿こそが昔ながらのJBのスタイルなのだ。
 現在66歳のJB、彼にとって"引退"というコトバは永遠に必要ないかもしれない……。
(中野 亮)