ナッキーのこれだけは聴こう!

Free


 前回紹介したピーター・フランプトンとは対照的に、若い頃からブルース・フィーリングにあふれ、枯れた味わいを持っていたヴォーカリスト、それがポール・ロジャースである。  現在もソロ・シンガーとして精力的な活動を続けているが、彼のキャリアにおいて最も輝いていた時期としてあげるのはやはりフリー〜バッド・カンパニー在籍時をおいて他にないであろう。
 フリーは1968年アルバム『トンズ・オブ・ソブズ』でデビュー,"ブリティッシュ・へヴィー・ブルース・ロック"とでも呼ぶにふさわしい個性的なサウンドで注目を集めた。メンバーはアンディ・フレイザー(ベース)、ポール・コゾフ(ギター)、サイモン・カーク(ドラムス)、の4人で、サイモン・カーク以外はみな10代という若さであった。
 彼らの人気がブレイクしたのはサード・アルバム『ファイアー・アンド・ウォーター』で、シングル・カットされた「オール・ライト・ナウ」と共に全英、そして全米でも大ヒットを記録、一躍"フリー"の名を全世界にとどろかせたのである。
 しかし、20歳そこそこのメンバーに急にふりかかったハード・スケジュールのせいか、はたまた音楽観の相違なのかバンド内での不協和音が日に日に大きくなり、71年オーストラリア・ツアーの途中で突如解散を表明、残りのツアーをすべてキャンセルするという事態を引き起こしてしまう。
 今回紹介する『フリー・ライヴ』はその騒動のさなかにリリースされただけあって、ところどころでメンバーの足並みが揃っておらず不協和音が随所に感じ取れるが、それを上回る若々しいエネルギッシュなサウンドが当時のロック・ファンを感動させ、ロック史上上位にランクされるライヴ・アルバムとしての評価を得ているのである。
 解散後はおのおのがグループを結成して活動を始めるがどれも長続きせず、72年4月4人はフリーを再結成しアルバム『フリー・アット・ラスト』を発表、かなりのヒットを記録する。
 その後も順調な活動を続けてくれるとファンは期待したが、ツアー中にコゾフが脱退、後を追うようにフレイザーも脱退し再度グループ存続の危機に直面した。しかし後釜にベースの山内テツ、ギターのラビットを迎え同年7月には早くも新生フリーがスタート、翌年1月に発表されたアルバム『ハートブレイカー』はシングル・カットされた「ウィッシング・ウェル」(ゲイリー・ムーア等数多くのアーティストにカヴァーされ、現在でもハード・ロックのスタンダード・ナンバーとなっている)と共に大ヒットを記録するが、このアルバムを最後にフリーはグループ活動に終止符を打つ。
 その後、ロジャースとカークは元モット・ザ・フープルのミック・ラルフス(ギター)、元キング・クリムゾンのボズ・バレル(ベース)と"バッド・カンパニー"を結成、74年のデビュー当初はスーパー・バンドとして一世を風靡するが作品を重ねるごとにバンドのポリシーがあいまいなものとなり、オリジナル・メンバーでのラスト・アルバム『ラフ・ダイアモンド』(82年発表)は前作から3年半ものインターバルがあったにもかかわらず全くやる気の感じられない作品だったので失望したファンも多かったであろう。
 程なくしてグループは一度解散するが、86年にロジャース抜きで再結成されカーク、ラルフスを中心に昔とは違ったバド・カン・サウンドで新しいファンを獲得、アルバム『ホーリー・ウォーター』(90年)、『ヒア・カムズ・トラブル』(92年)の大ヒットで見事に復活を果たした。
 ロジャースは83年ソロ・アルバム『カット・ルース』を発表後、ジミー・ペイジらと"ザ・ファーム"を結成、2枚のアルバムを発表したのち元フェイセズ、ザ・フーのケニー・ジョーンズらと"ザ・ロウ"を結成しフリー〜バド・カン時代を彷彿とさせるサウンドを聴かせてくれた。その後再びソロに戻り、師と仰いでいたマディー・ウォーターズのトリビュート・アルバムを発表するなど精力的な活動を現在に至るまで続けている。
 枯れた歌声にますます磨きがかかった(ちょっとヘンな表現だが…)ポール・ロジャース。彼の若き日のシャウトが存分に味わえる『フリー・ライヴ』をぜひ若いロック・ファンにも聴いていただきたい。21歳のヴォーカリストとは思えない"深み"が堪能できるはずだから……。
(中野 亮)