ナッキーのこれだけは聴こう!

Dire Straits


 1970年代後半のミュージック・シーンは、ノイジーなポップ・ミュージック、パンク、ディスコがかなりの幅を利かせていた。“旧勢力”のハード・ロック、プログレッシブ・ロックのベテラン達は完全にその地位を脅かされていた感すらある。
 そのまっただ中にシンプルなメロディラインを奏でるギターとボブ・ディランにも似た枯れたヴォーカル・・・ダイアー・ストレイツはそれを“売り”にして78年にデビューした。
 この“時代錯誤”ともいえるサウンドをひっさげて登場した彼らに対して世間一般の目は当然のごとく冷ややかで、本国イギリスのプレス、ラジオ局は彼らを無視し、アメリカでの発売元ワーナー・ブラザーズは「今回はとりあえずこのまま発売するが、すぐさままともなセカンド・アルバムの制作に取りかかれ」と彼らに命じたほどである。この段階では非常に前途多難であった。
 しかし、ヒットというのは必ずしもレコード会社の思惑と一致するものではないことを証明する出来事が起こる。
 オランダのあるDJがファースト・シングル「悲しきサルタン」をとても気に入り繰り返しオン・エアし続けたところ、この奇をてらったところのない、ナチュラルなサウンドがとても斬新に写ったのか、あっという間にオランダで大ヒットを記録する。その後同様のアプローチで西ドイツ、オーストラリアで大ヒットとなり、本国イギリス、アメリカ、そして日本にも飛び火しシングルおよびアルバム「悲しきサルタン」が世界的大ヒットを記録する。
 その後も「コミュニケ」「メイキング・ムービーズ」と音楽的広がりを見せながらも基本姿勢は変えずにアルバムをリリースして大ヒットを連発、デビュー・アルバムが大ヒットするとあっという間に消えてしまう一発屋が多いなか着実にロック史上に残る名バンドに成長して行く。
 次作「ラヴ・オーヴァー・ゴールド」は大作「テレグラフ・ロード」を収録した意欲作であるが、やや迷いが見えはじめ、それまでほぼ年1年のペースで発表してきたオリジナル・アルバムは約3年後の登場となる。
 満を持して85年に発表された「ブラザーズ・イン・アームス」はゲストにスティング、ブレッカー・ブラザーズらを迎え音楽的広がりがさらにクローズ・アップされた上に、ニュー・アルバムの登場を首を長くして待っていた従来のファンからも絶大な支持を受け、全世界で2000万枚のセールスを記録する超大ヒットアルバムとなる。時は流れてもスタイルを変えることのない彼らの音楽は支持され続けていたのだ。
 しかしその後は91年に「オン・エヴリー・ストリート」を発表して以来、93、95年にライヴ・アルバム、98年にベスト・アルバムは発表されているが、オリジナル・アルバムとは8年もの間ご無沙汰である。
 マーク・ノップラーが次なるアイディア練りに練っているのであろうが、このインターバルの長さはちょっと心配でもある。
 全世界でのブレイクからちょうど20年の歳月が流れた。枯れたギターとヴォーカルの中に見え隠れするさまざまな風刺・・・ダイアー・ストレイツの新たなる旅立ちを多くのファンが待ち望んでいる。 (中野 亮)