
今から20年前(1979年)の夏、ちょっと哀愁をおびたメロディーに深みのあるヴォーカル・・・そんなある曲が日本のFM、有線などで繰り返しオン・エアされていた。これがファースト・アルバム「イヴニング・スキャンダル」からシングル・カットされた「スペシャル・トゥ・ミー」である。
当時はAOR系アーティストがこぞってデビューしており、大半がボズ・スキャッグス(先週号にて紹介)のフォロワー的扱いを受けていた。現にボビーも当時の日本盤発売元がボズと同じCBS・ソニーであったため、80年発表のセカンド・アルバム「ロマンティック・キャット」は時を同じくしてリリースされたボズの「ミドル・マン」と並んで大々的に宣伝されていたのである。むしろボズを超えるくらいの存在にしたいとの意気込みすら感じられた。ボビーも79、80年と続けざまに来日公演を行ない精力的にファンを獲得していった。
メロウなヴォーカルを聴かせるボズに対して渋くて深みのある歌声のボビー・・・サウンドの洗練度においてはボビーが一枚上に思われる。それは音楽面でのルーツの差ではないか。主にウエスト・コースト、サウス・コーストを活動の拠点としてきたボズには古きよき時代の“ドロくささ”が漂っているが、マンハッタンに生まれ、主にイースト・コーストでデビュー前の音楽活動を行なっていたボビーはデビュー・アルバムがマイアミのT.K.レコードから発売された際も摩天楼とリゾートの相反するイメージをうまくマッチさせて洗練されたサウンドを作り上げることに成功した。
サード・アルバム「シーサイド・センチメンタル」(82年)と次の「オーガスト・ムーン」(83年)はアメリカより日本での人気が高かったボビーならではの日本先行発売となったが、アメリカでの発売は未定という憂き目にあっている、サウンドもロック色が強まったせいか2作とも賛否両論であった。
その後はしばらくソング・ライターに徹することを決意、ボズ・スキャッグスの「ハート・オブ・マイン」、ピーター・セテラの「ステイ・ウィズ・ミー」他多くのヒット・メーカーとして名声を得る。上記2曲は後にセルフ・カヴァーで再度ヒットを記録している。
充電期間を終えて89年に発表されたアルバム「ハート・オブ・マイン」はひとまわり大きくなったボビーのサウンドが堪能できる傑作である。10年ぶりの来日公演も大盛況で、私事で恐縮であるが、私はこのコンサート(東京・新宿厚生年金ホール)でCD・ビデオ等の販売を担当させていただき、その熱気を肌で感じ取ることが出来たのは幸いであった。
その後も「ソリッド・グラウンド」(91年)、「ホエア・イズ・ラヴ」(93年)、「ソウル・サヴァイヴァー」(95年)とコンスタントに新作をリリース、日本独自のベスト・アルバムも92、98年にリリースされ大ヒットを記録している。
近年はジャズ・ヴォーカルに新境地を見いだし「ブルー・コンディション」(96年)、そして今年3月にリリースされた「カム・レイン・オア・カム・シャイン」で粋なサウンドを聴かせてくれる。
10年程前、夕闇せまる摩天楼の後ろから大きな月が現われる外国タバコのCMがあったのをご存じであろうか?このバックに使われていた「カム・トゥ・ミー」(「イヴニング・スキャンダル」に収録)がボビーのイメージそのものであった。
本当にシャレたミュージシャンである。いつも大きな帽子がジャマしてその顔はめったに拝むことは出来ないが・・・・・。
(中野 亮)