ナッキーのこれだけは聴こう!

Average White Band


 “アヴェレイジ・ホワイト・バンド”・・・10〜20代には馴染みのないグループ名かも知れないが、30代後半以降の音楽ファンには懐かしさを憶える人も多いであろう。1970年代中〜後期にかけて大変な人気を博したスコットランド出身のソウル&ファンクグループである。
 73年初頭にエリック・クラプトンのレインボー・コンサートでオープニング・アクトを務めた彼らは同年アルバム・デビュー、翌年活動の拠点をアメリカに移し、鬼才アリフ・マーティンのプロデュースのもと発表したセカンド・アルバム「アヴェレイジ・ホワイト・バンド」(俗にジャケットのデザインからAWBの“ホワイト・アルバム”とも呼ばれる)がシングル・カットされた「幸福の扉を!(ピック・アップ・ザ・ビーセズ)」と共にビルボード・チャートNO.1を記録する大ヒットとなる。この曲は93年、女性サックス・プレーヤーキャンディ・ダルファーによってカヴァーされ、再びヒットを記録する。
 折りからのソウル&ディスコブームに乗って更なる飛躍を期待されていた矢先、ドラマーのロビー・マッキントッシュがドラッグのオーバード−ズにより死亡、いきなり活動の危機に直面してしまう。
 しかし黒人ドラマーのスティーブ・フェローンを新メンバーに迎え、ロビー・マッキントッシュ追悼盤としてリリースされたサードアルバムによって音楽的な広がりを見せ、新たなファンを獲得してまたしても大ヒットを記録する。
 その後もライブ・アルバムのリリース、ベン・E・キング(「スタンド・バイ・ミー」でおねじみ)との共演盤の発表など精力的活動を続けるが、ブームの衰退に歩調を合わせるかのように人気も下降線をたどり始め、82年リリースの「キュービット・イン・ファッション」を最後に一時活動を停止してしまう。
 80年リリースの「シャイン」では心機一転、売れっ子プロデューサーのデヴィット・フォスターを起用してまきかえしを図るが、シングル・カットされた「レッツ・ゴー・ラウンド・アゲイン」がダンス・チャートでそこそこのヒットを記録した程度で完全復活とは行かなかった。しかしこのアルバムは玄人筋、特に日本でユーミンや山下達郎らに高く評価され“AORの隠れた超名盤”といわれている。その証拠にイギリス、アメリカでは発売後間もなく廃盤になり現在でも陽の目を見ないままなのに、日本では95年に“世界初CD化”として復刻されている。
 ハミッシュ・スチュアートとアラン・ゴーリーのツイン・ヴォーカルが売りだった彼らは、89年にハミッシュ抜きで(彼はポール・マッカートニーのバンドに参加していたため)突如復活、インディーズ・レーベルから「アフターショック」をリリース、更に96年にはアトランティック・レーベル時代からの旧友ダリル・ホールをゲストに迎え「ソウル・タトゥー」を発表するなど地道な活動を現在に至るまで続け、何と今年4月東京・六本木の「スイートベイジル139」にて来日公演を行っている。
 「アフターショック」以降のサウンドは明らかに新生AWBであるが、いつかまた彼らの時代がやって来る・・・ことを願ってやまない。
 それにしても「幸福の扉を!(ピック・アップ・ザ・ビーセズ)」は後世に残るインステゥルメンタル・ナンバーの名曲である。ぜひレ・コード館のオールホーン・スピーカーでじっくり聴いていただきたい。
(中野 亮)