ナッキーのこれだけは聴こう!

ここでは「ナッキー」こと中野亮さんがロック・ポピュラーから“若い世代にこれだけは聴いてほしい”という歴史的名盤や個人的にも思い入れがある珍盤、名盤をランダムに紹介していきます。



  ・タイトル   「フリーズ・フレイム」
  ・アーティスト J・ガイルズ・バンド
  ・発売年    1981年
  ・レーベル   EMI


 産業ロック華やかなりし1981年、J・ガイルズ・バンドは産業ロックの旗手ジャーニー、フォリナーをおさえアルバム「フリーズ・フレイム」、シングル「墜ちた天使」でついに全米No.1となった。“米国版ミック・ジャガー”といわれつづけて久しかったピーター・ウルフが本家ミック・ジャガー率いるローリング・ストーンズの「刺青の男」とデットヒートをくりひろげ、やっと肩を並べた瞬間である。
 72年発表のライブ「フル・ハウス」の頃よりリアルタイムにこのボストン出身の日本ではマイナーな存在だった彼らと接してきた身としては、頂点に立った喜びよりも行く末の不安のほうが先に立ってしまうのであった。
 69年にブラック・サバスの全米ツアーサポートなどでキャリアを積み、70年にアトランティック・レーベルよりアルバム「J・ガイルズ・バンド」でデビュー、ブルースをベースにしたロックン・ロールは荒削りながら一部熱狂的ファンを獲得し、セカンド・アルバム「モーニング・アフター」発表の頃にはローリング・ストーン紙でベスト・ニューバンドに選出された。
 次作ライブ・アルバム「フル・ハウス」ではライブ・バンドの面目躍如、一気にイースト・コーストの人気バンドとなって行く。
 しかしその後のスタジオ・アルバム「ブラッド・ショット」「招かれた貴婦人」「悪夢とビニール・ジャングル」「ホットライン」では自ら持つ“黒っぽさ”に加えポップなアプローチでさまざまなサウンドにトライして行くが、ファンの求める“J・ガイルズ像”とのギャップは大きくなる一方でセールス面では徐々に下降線をたどる。元来“楽しいロックン・ロール・バンド”であった彼らだが、黒くて渋いイメージが強調されすぎ(現にアトランティック時代のメンバーのジャケットはすべてモノクロ)違和感を与えてしまったのであろう・75〜76年は彼らにとって暗黒時代であった。
 原点に戻って2枚組ライブ・アルバム「狼からの一撃!」を発表した後、77年にはバンド名を“ガイルズ”に変更、「モンキー・アイランドの噴火」で再スタートを図る。彼らの“決意表明”ともいえる本作はソウルフルなピータ・ウルフのヴォーカルが堪能できる力作であり、加えてゴキゲンなポップ・チューン「アイ・ドゥ」で新境地を切り拓いた。エンディングの「レッケイジ」ではJ・ガイルズがかってない程メタリックなギターを聴かせ、当時の日本盤発売元ワーナー・パイオニアではLPの帯に“キッスもエアロスミスも目じゃない!No.1アメリカン・ハードの〜”とキャッチフレーズを入れたいた程である。
 「レッケイジ」とは「破壊」の意味で、かつてのキャリアをメタリックなギターのエンディングで“破壊”して新しいスタートラインに立とうとする姿がありありとうかがえた。しかしセールス面で思うような実績を上げられず、本作を最後にアトランティック・レーベルを離れてしまう。
 翌年EMIアメリカに移籍、バンド名も元に戻した彼らは従来のラフなレコーディング・スタイルを改めスタジオ・ワークに専念、より完成度の高いアルバム制作に力を注いだ。その結果生まれたのが「サンクチュアリ(禁猟区)」である。初めてともいえる“泣き”のギターを全面にフィーチャーしたシングル「ワン・ラスト・キッス」がスマッシュ・ヒットとなり、今後への期待を抱かせた。ジャケット写真も初めてカラーとなる。
 次作「ラヴ・スティンクス」ではダンス・ミュージックにも挑戦、シングル「カム・バック」は日本のディスコでもかなり流行した
 そして次に登場するのが2年にわたる入念なスタジオ・ワークによって制作された全米No.1アルバム「フリーズ・フレイム」である。特にシングル「墜ちた天使」は全世界で大ヒットとなり連日AM、FM局でオン・エアされつづけた。
 しかし、既にかつての“J・ガイルズ・サウンド”は影を潜め、ポップなアプローチによって頂点に立ってしまったため、“次作はどうなってしまうものか?”と私を含めた古くからのファンはひどく心配したものである。
 案の定、長年バンドを支えてきたピーター・ウルフが翌年脱退してソロとなり、もうひとりの核、キーボードのセス・ジャストマンがリード・ヴォーカルをとり84年に発表されたアルバム「ヒップ・アート」ではP・ウルフの穴をうめ切れず、85年「フライトナイト」のサントラを最後にグループは自然消滅してしまう。
 今回紹介した「フリーズ・フレイム」は全世界で大ヒットを記録した歴史的名盤であるが、J・ガイルズ・バンドの本質を知りたければアトランティック時代の「ベスト・オブ・J・ガイルズ・バンド」も合わせて聴いていただきたい。“ロックン・ロール・クレイジー”だった彼らの進化の過程がよく理解できるはずである。
(中野 亮)